2016年04月25日

災害を通して情報共有について思う

こんにちは。
マーケティング・営業担当の池田です。

熊本・大分を中心とする地震発生から約10日。
今回は、震災に関する情報に触れて感じたことを書き綴ってみたいと思います。
情報共有のテーマから少し離れてしまう点もあるかもしれませんが、どうぞお付き合い下さい。

まずは、今回の地震や地震に関連して亡くなられた方々のご冥福を心よりお祈り申し上げます。
被災された皆様には一刻も早く安心・安全な生活の場が確保され、
できる限り震災前と同じ日常が取り戻せることを願っております。

さて、今回の地震については、被害の大きさに心が痛むのはもちろんですが、
それと同じくらい沈むような気持ちにさせられることがありました。
それは、震災関連の報道の一方で伝えられる、マスコミの失態やネットの炎上の話題です。
このところ沈静化してきたように思いますが、一時は連日のように目や耳にしました。
大きな地震と言えば東日本大震災を思い出しますが、
“外野”のニュースについては今回の方が圧倒的に多いなぁと思うのは気のせいでしょうか?
もし事実なら、本当に残念で悔しいことです。
なぜそんなに目につくのか、私なりにその理由を分析すると・・・

1)当事者ではないという意識

東日本大震災の時には、東京でも震度5強を記録し、実際に建物倒壊などの被害もありました。
震災直後は交通が麻痺し、その後しばらく流通も滞りがちで食料も品薄、という状況を経験しています。
しかし今回、東京では体に感じる揺れはありませんでした。
東京はじめ首都圏に住む人にとって、東北の地震の時は当事者でしたが今回はそうではありません。
当事者でないということは、支援者にもなりうるし、傍観者にもなりうるし、
どういうわけか攻撃的になる人まで出てきます。
首都圏は人口の多さに加えて影響力も大きい、そういった人たちが当事者でない立場から動けば、
本来伝えられなくてもよいニュースが多くなるのは、残念ながら当然なのかもしれません。

2)SNSの成熟による弊害

東日本大震災が発生した5年前と比べると、SNSをはじめネットを取り巻く状況もだいぶ変化してきています。
当時はいわゆるガラケーがまだまだ優勢でしたし、LINEもありませんでした。
(そもそも、LINEは東日本大震災がきっかけで誕生したサービスですし)
しかも、当時と比べるとSNS人口は圧倒的に増えているはず。
利用人口が増えれば、そこにはいろんな考えの人が存在することになるわけです。
しかも、若い世代を中心にSNSの利用が日常化した今は、
発信することへの抵抗感とか罪悪感とかが薄れつつありますよね。
どんなツールにも言えることですが、ツールは使い手によって善にも悪にもなるもの。
悲しいかな、今回は悪しき方が勝ってしまったように思います。

一方で、マスコミの方の事情には詳しくありませんが、
業界的に勢いがネットに押されているということはよく聞きますから、
そういった危機感や、業界を積極的に盛り上げようとする焦りから
行き過ぎた言動に出てしまっている、と言えるかもしれません。
広い意味では、これまたネット社会が及ぼす影響の一端ということになるのでしょうか。

このような一連のニュースを知るにつれ、ふと思ったことがあります。
「状況の深刻さや立場は違えど、社内情報共有の場面でも似たようなことがあるな」と。

一つには、善意の気持ちで発信(情報提供)したのに批判を受けるという不合理について。
なぜそんなことになるかと言えば、当たり前のことではありますが、
発信者の意図と受信側の受け止め方(理解)にギャップがあるからです。
もちろん、一般的なSNSと社内情報共有の場合は目的そのものが違いますし
形成しているメンバーの属性も違います。
社内情報共有の場合は少なくても同じ組織に属していることで身元は明らかなので
不用意な発言はないと思いますが・・・
でも果たして“全然違う”と言い切れるでしょうか?
例えば
・社員が数千人など組織の規模が大きい
・営業部門など、社員間の競争力が激しい
・対立している部門がある
など、協調性が乏しい組織では情報共有が成功するはずもありません。
むしろ、対立する部門に情報提供したばかりに一部のメンバーから非難を受けることもあるかもしれません。
(極端な例ではありますが)

また一つには、情報を“持つ者”と“持たない者”の格差を感じました。
今回SNSでバッシングを受けた中には、
地震発生を知らないまま楽しげな写真を投稿したら「不謹慎」と叩かれ投稿を削除した、
ということもあったようです。
このことから、
・情報を持つ者 = 攻撃する側(強者
・情報を持たない者 = 攻撃される側(弱者
という図式が成り立ちます。
たった数十分という(数分かもしれません)、
情報を得るまでの僅かな時間が強者と弱者を明確に分けることになりました。
やはり情報を持つ者は持たない者に比べて優位なのです。
ビジネスともなれば、競争社会ですから一刻一秒が非常に重要ですが、
言うまでもなく情報共有の場は違いますよね。
しかしながら、例えば前述したような組織だとしたら、
この図式を持ち込む人が中にはいるかもしれませんよね(苦笑)

このブログでも、情報共有する人たちの心理などを取り上げてきましたが、
状況の違いはあれど、人の本質というものは基本的には変わらないのだなということを改めて思いましたし、
情報共有というものは人の本質に影響されやすいことを踏まえて考えるべきなのだなと感じました。

みなさんはどのようにお考えになりますか?


posted by CBIT池田 at 17:39 | Comment(0) | コンサルティング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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